一般に、「うつ」は男性よりも女性に圧倒的に多く見られるとされています。実際私の知人にも「うつ」を発症してしまった2人の女性がいます。
しかしそれに対して、男性には「うつ 」がまったくないというわけではありません。男性にも「うつ」に悩む人はいるのです。
私の知人のうちの3人が「うつ」に悩んでいましたが、実際その中の1人が男性でした。
まだ私が社会人になったばかりのころでした。私の知り合いの女性が罹ってしまった関係である程度「うつ」に関しての知識は持ってはいたのですが、まさか自分の身に降りかかるとはあの当時まったく考えていませんでした。
私はある女性と知り合い、いろいろな面で気が合って、これから恋愛に発展していけたらいいな・・・などと考えていたのですが、そんなタイミングで、「実は、私には恋人がいるのです」と、まあ私からすれば残念な告白を受けました。
それならば仕方がないなという気持ちと、どうしてもっと早く言ってくれなかったのかという気持ちが混じり合って奇妙な形を描きました。
しかしその女性は、できればその恋人と別れて私と付き合いたいと、なぜか涙ながらにそう言いました。
私はそのときそう感じました。
彼女は話しはじめました。彼女が私と(いろいろな意味で)関係を持っているということに、彼女の恋人が気づいていたということを。
「彼はたぶんだいぶ前からそれに気づいていたみたいなんです」
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死にたがる恋人
その恋人(仮にKとします)は、その女性に対してはとても優しく、彼女に喜んでもらうためにいろいろな料理を研究してはこれを彼女の家でつくってあげるといった、私が聞いていても思わず微笑んでしまうようなとても「いいヤツ」であることを知りました。
ところが、彼女は徐々にそのことが重荷になってしまい、やがて私と関係を持つようになりました。
ある夜、私と飲んだ帰りにKは彼女のマンションの前に待ち構えていたそうです。刃渡りの長いナイフのようなものを持って・・・
もちろんそれまでにKが彼女に暴力を振るうようなことはありませんでしたし、何よりも絶望に満ちたそんな目で自分を見たことがなかったと彼女は言います。
ただ、ひと月くらい前から、Kは彼女の前で泣いたり、妙に子どものような態度で彼女に接したり、また、泣きながら「どこにも行かないで」とすがったりしたそうです。
また、いわゆる「自傷行為」もそのころから顕著になってきたと言います。私はその話を聞いて、
刃物を持ったまま、彼は
と言ってその場で泣き崩れたそうです。Kは私の前で死ぬつもりで刃物を持ってきたのだと、彼女も目に涙をいっぱいに浮かべながらそう言いました。
彼女はナイフを取り上げて、泣き崩れた彼を抱きしめてあげたそうです。そして、「もうずっと死にたいと思っていた」と、彼は泣きながら言ったそうです。
Kは彼女の様子がなんとなくおかしいと感じていたらしく、尾行して彼女が私とお酒を飲んだりホテルに行ったりしていたのをしっかりキャッチしていたのだと言います。
「うつ」はうつる
その後、半ば強引にKは彼女の部屋に転がり込みます。Kももちろんそうですが、彼女も仕事があるので、どうしても家を空けなければならないことになりますが、その話を聞いてからというもの、彼女はKに対する不信感が強まったと言います。
もしかしたら私の部屋でいろいろ物色されているのではないか、あるいは、外にいてもどこかからKに見られているのではないか、と。
そして彼女は、ことあるごとに「死にたい」ということばを聞かされるようになります。あるとき彼女の中で何か大切なものが消えてしまったような印象にとらわれました。
彼女は、家にあった紐を天井からつるし、首つり自殺を試みました。
初めての経験であり、紐のつるし方も何も分からずに「死ななければ」という妙なあせりの気持ちからそういう行動に出たこともあって、そのときは幸いにも事なきを得ました。その後、彼女から泣きながら電話があり、その経緯を聞きました。
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病院へ
私は、ふたりで病院に行くことを強く勧めました。Kは彼女と一緒であれば病院だろうとどこだろうと付いていきます。
そして、診断の結果は「Kは重度のうつ、彼女は軽微なうつ」というものでした。
彼女はこれまで「自分がうつである」と認識したことなどまったくないと言いましたが、Kに話を聞いたところ、Kは昔からうつに似た症状があったと言います。
しかし、今回ほど激しく「死にたい」と感じることはなかったそうです。
確か以前にも、「『うつ』の人間と一緒にいると『うつ』がうつる」という話を耳にしたことがありましたが、このとき、まさにそういう現象が起こっていると、私は考えました。
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「うつ」の依存性
私は事の重要性を考え、彼とコンタクトをとることをやめるように彼女に言いました。
すると、どちらかと言えば沈着冷静に見える彼女が激しく取り乱し、「そんなことをしたら、私はすぐに死にます!」と泣きながら激高しました。
こうして私は「うつ」をめぐる泥沼に足を踏み入れてしまったことを知りました。
Kは徐々に自傷行為を加速度的に繰り返し、「死に方」に関する本をあれこれ買うようになったと言います。
もちろん、私は彼女に会うことなどできなくなりましたし、彼女が会社にいるときでなければ私に電話もメールもできないということで、仕事の休憩時間や、仕事の最中に私に電話やメールをよこすことも珍しくありませんでした。
というのも、このころ(Kがナイフを持って彼女の前に現れてから半年ほど)になると、Kはいよいよ本気で死へと向かっているような気がしていたため、Kの動作や様子を知らせてほしいと彼女に伝えていたからです。
私をひどく怨んでいる
彼は、私をひどく怨んでいると言っていたそうです。そうだろうなと、私は思いました。ただ、その
を覚えました。こういうことになってしまったのは、私が存在しているからだ、すべて私が悪い、私が存在さえしていなければ・・・そう言っていたそうです。
これはあとで知ったことなのですが、「うつ」の人は、何か不都合があると、これを必ずだれかの責任に転嫁すると言います。およそ論理性に乏しいKの「怨み」の念は、どこか病気の影響を感じさせました。
メールにて
彼女が以前「何かが消えてしまった」と言ったそのあとから、彼女は「もうどうでもいい」とか、「Kが死ぬのは自分の意志だからもう止めない」などと、やや自暴自棄的なことを言うようになりました。
Kにもつらく当たるようになり、そのたびごとにKは「死んでお詫びします」などというようになり、彼女もことあるごとに「頭がおかしくなりそう」と、そう言うようになりました。
私は彼女にKの電話番号かメールアドレスを教えるようにと言いました。私に「ある考え」があったのです。彼女は最初絶対にそれはできないと言いましたが、私が説得すると、「もう、どうでもいい・・・」と言って教えてくれました。
私はKにメールをしました。「K君は本当に彼女のことが好きなの?俺を怨むのはかまわないが、大好きな彼女を苦しめてるのは誰だ?俺か?俺が彼女を苦しめてるわけじゃないぞ!君は自分が苦しいから彼女を苦しめてるのか?君は彼女を苦しめてるっていう認識を持ってるの?」
しばらくしてKから電話がありました。彼女から私の番号を聞いたそうです。
激しく嗚咽しながら、「すみません、ごめんなさい、ごめんなさい・・・全部ぼくが悪いんです、ごめんなさい、ごめんなさい・・・ごめんなさい、ほんとにごめんなさい・・・」
その後・・・
その後、彼は人知れず姿を消したそうです。書き置きがあったそうです。「ぼくは死にません、心配しないでください。またいつか、必ず戻ってきます」と。
私は彼女によく言って聞かせました。1年かかりました。1年後、彼女との一切の縁を切りました。Kがその後どうなったのか、私にはわかりません。
これは「うつ」という病気の怖さのほんの一端に過ぎないとは思いますが、私にとって親しい人の死や、自分の死を身近に感じるというとても怖い経験でした。
貴重な経験だったかもしれませんが、もう二度とそんな経験はしたくないです。
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